日本最大級ペット専門寺院 お迎えから、ペット葬儀(火葬)、供養、納骨、埋葬まで一貫施行

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2016/11/29

慈恵 季刊誌

季刊誌 慈恵より 読者 松浦江實子さんよりの

投稿の 紹介をさせていただきます

 

龍馬

日野市 松浦江實子(60)

 

いま、どのあたりですか。お父さん、お母さん に

逢えましたか。兄弟達は どうですか、もし、そちらに

お母さん が 居らしてるのなら、思い切り あまえて、

抱いて もらって下さい。フニャフニャの 軟らかい

ものに モミモミしながら まるで お母さんの

おっぱい を もんでいるかの様に 甘えていましたね。

ほら、やっと その胸に 甘えられて、きっと 幸せを

感じていると 思います。こちらの お母さんは、

本当に 貴方に すまない気持ちと 寂しさで

胸が 張りさけそうです。ふり返って みると

去年の夏、サクラが お別れして 行ってしまった時に、

検診して おくべきでした。1年に1回 必ず

定期検診して あげようねと、お姉ちゃん と

話したばかりでした。だのに 気づいた時には、

どれ程までに 病状が 進行していたのでしょうか。

ちょっと 風邪かな?くらいでしたもの。でも

次に 病院に行ったのに、どの 医師の方も

わからない、首を ひねってばかり、二、三か所と

名のある 病院に通院も したのですが、そんなうちに

進行して行っていたのね。龍馬 本当に ごめんなさい。

あなたは どんな気持ちで 毎日 籠に入れられ、

痛い注射をし、黙って なされるがままで…。

お母さん 何とかしてって 叫んでいたのに、

気づいて やれなかったの、ごめんなさい。

さなちゃん、寂しくって、寂しくって こわれそうです。

龍馬君の 居ない 一日なんて 無かったわけですから、

いたましい程に 抱きしめても 龍馬君の かわりは

出来ません。側にいて、この 母さんの声 きこえて

いるのなら さなちゃん を もう一度 嬉しい心に

してあげる ために 生まれかわって 又、この

さな子ちゃん の ところに きっと来てね。

待ってるから、今度は もっともっと 長生き

できる様に お母さんも、お姉ちゃんも、

孝ちゃんも、そして お父さんも 頑張るから、

きっと、きっと 帰ってきてね。

龍馬、約束よ!!

 

 

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慈恵院
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住所:〒183-0001 東京都府中市浅間町2-15-1
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2016/11/28

慈恵 季刊誌

 

季刊誌 慈恵より 読者 S.H さんよりの

投稿の 紹介をさせていただきます

 

小巻 たくさんの 思い出を ありがとう

世田谷区 S . H

 

我が家の 三代目 愛犬小巻 は小さい頃から、いたずら やんちゃで

近所の公園で 元気一杯に走り回って 時に 公園の外に 飛び出して

仲間と どこかに行ってしまうことも…  柴犬なので気が強く 小巻が

お腹を 見せたり クンクン挨拶の できる ワンちゃんたちも 限られた

子だけでした。小巻が 7歳だった ある日、死にそうな のら猫(クロちゃん)を

縁があって 家に迎える ことになり… 猫 嫌いの 小巻が 受け入れてくれるか…

不安がいっぱい…クロちゃんが 玄関に 入ってくると 顔を ペロペロ なめて

その日から 小巻は お母さんに…本当に仲良く 面倒を見てくれて、クロちゃんが

困っていると 家族に知らせにきたり、獣医さんに 二~三日で 亡くなると

言われていたのに、一年八か月…小巻の愛情に こたえているかの様に

生きてくれました。その後、ボランティアの方から チャトラの 男の子(ク-太)を

頂き、小巻とク-太は まるで 兄弟のように 楽しく 過ごしてきました。

人間社会では 身勝手な行動が 多くみられる中、この子たちから 弱い者は

守ってあげる…様々な事を学び、大切な事を いっぱい 教えてもらいました。

小巻が十六歳の誕生日を すぎた頃から、体調に少しずつ 変化が あらわれ…

夜鳴き、徘徊 など…獣医さんにも 治すことは できないと言われ…半年ほど

家族も 夜中の行動に 付き合い…ク-太も いつも そばで 心配そうに

見守っていました。冬になり 新しくできた 獣医さんに 相談してみると…

その先生は ペットも家族も 共に幸せで ある様に 考えて下さり、

すぐに 往診して 小巻の様子を見て、今の 小巻に 合う 体に負担の

かからない 薬を処方して…それまで きつい表情だった 小巻が やさしく

穏やかな 元の顔つきに 戻り、足腰も かなり弱っていたのに 今年に入り

二~三回 ソファーで 座っている姿も 見られ ビックリしました。

亡くなるまでの 四か月半ほど ゆっくりと 毎日 すごしてきました。

犬も 年々高齢化が 進み…まさに 介護 そのものでしたが、大切な家族の

一員…これだけ 密に関わることが、私たちも 幸せでした。まだまだ

付き合えたのに…小巻の体は 限界だったのですね。本当によく頑張ってくれました。

淋しくて 辛いですが、今 きっと 天国で 自由に 走り回っている 小巻を

思い浮かべ、家に おいてある 遺骨に 手を合わせている 日々です。

十七歳まで あと 二か月…人間で言うと 約八十八歳…今まで 沢山の

思い出を ありがとう。いつまでも 心の中に 生きつづけて いくことでしょう。

感謝の 気持ちで いっぱいです。

一代目 レオ 、 二代目 レオ 、 猫のクロ と 共に 安らかに…

 

 

 

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2016/11/27

慈恵 季刊誌

季刊誌 慈恵より 読者 真壁昌男さんよりの

投稿の 紹介をささていただきます

 

故郷に帰ってきたチビちゃん

杉並区 真壁 昌男(74)

 

14才と5ヶ月、チビ(犬) お世話になりました。この子は

慈恵院さんの お花 売り場の おばさんから、お正月に

お参りに 伺った時に いただいて参りました。まだ 小さく

1ヶ月も たたない 真白な コロコロとした かわいい

子犬せした。お墓の 箱の中に 4匹 捨てられて いた

とのこと。そのうちの 一匹が 今日 火葬して いただいた

犬です。自分の 故郷に 帰ってきた ようなものです。

大切に 育て 皆さんに 愛され、頭のよい子 でした。

今年の3月頃に 体調を 崩し いちじは 回復に

向かったのですが、足の方が 衰え、それでも 家族には

良い所を 見せようと けなげに 頑張って 散歩もしました。

今、動物虐待 等 ありますが 許せません。

人間は 口が きけますが、動物は 話せません。

だから よけいに 胸が 痛みます。

火葬も 丁寧に扱って いただき 心より 感謝申し上げます。

ありがとうございました。

 

 

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2016/11/26

慈恵 季刊誌

季刊誌 慈恵より 読者 藤井隆子さんよりの

投稿の 紹介をさせていただきます

 

生命のつながり

三鷹市 藤井 隆子

 

2メ-トル近い 高さの 棚の上で、エアコンの 温風を

直接に 受けて、ゆるうい 昼寝を 楽しんでいるはずの

ガビが、何と 目を光らせて お尻を 持ち上げて

振るわせている。何を見つけたの と 聞きながら

ガビの視線を 辿って見ると、自分の体の三倍もある、

先輩 猫 の 小太郎が のんびりと 小便をしている

姿が あった。同じ柄の 似た顔付の 二匹の猫は

全くの 出所不明。小太郎は 一人住まいの 折の

娘の部屋に 飛び込んで来て、ガビは 生まれた日に、

誰かに捨てられて いたのを、娘が 拾って来たから

である。生後 間もない ガビ姫の 四匹の 兄弟達は

ガビに 命を託して 次々と死んだ。その中でも

一番 弱そうなのに、一番 鳴き声の 強かった ガビ

だけが残り、すでに 4年目を 迎えて、まさに

猫ざかり の スレンダ-な 猫である。

その頃 まだ、闘病中の ミモザおばさん から

排泄の仕方などを 教わり、母を知らない ガビの

毛づくろいを してくれていた。しの ミモザは

老いと 病には 勝てず、辛い闘病の末 他界して、

現在 貴院の 手厚い お守りを賜り、大勢の

お仲間達と 安らかに 過ごさせて 頂いている。

生前 ミモザは 小太郎が 迷い込んで来た時には、

まだ 子猫の 小太郎に 折々 猫パンチ を

かませていたことか。ガビは のんびり老後の

昼寝を 楽しむ 小太郎に ちょっかいを出し、

追いかけるが ガビが 早すぎて 先を走って行く。

大小の違い だけで 常に 追いかけっこ。

仲が好いんだか 悪いんだか、一日を終える頃、

小太郎は 誰かの寝床に もぐり込む。

ガビは どうするか と 思いつつ 休むと、

夜中 椅子の上で まるくなって 寝てる時も

あるし 様々だ。いずれにしても 二人 いや

二匹が 無事に 一日を終えてくれれば、

これに 勝る 幸せはない。ミモザ、小太郎の

命の つながりを 静かに 見守って 行きたい。

 

 

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2016/11/25

慈恵 季刊誌

 

季刊誌 慈恵より 読者 服部壽子さんよりの

投稿の 紹介をさせていただきます

 

近所の犬、ボア。

杉並区 服部 壽子

 

我が家で飼った 動物たちと ともに どうしても 忘れられない

近所の 犬 ボア 仮名雑種 が いる。もう 40年近く前の

ことだが 我が家には 全盲の ブリテイシュコッカスパニエルの

シェリ-がいた。長いひもで 家の内外を 行き来し、お散歩だって

人間の リ-ド操縦に よって 元気に過ごしていた。当時は普通

だったのかもしれないが 近所の犬 ボア は 自由に 放し飼いに

されていた。そのため ボアは よく シェリ-のところに

遊びに来ていた。ある時 帰宅すると シェリ-が いない。

シェリ-を 繋いでいた 革のリ-ドが 嚙み切られている。

急いで 近所を探すと 切れたリ-ドを 口でくわえた ボアと

シェリ-が。その後 何度か リ-ドは 嚙み切られ、あるときは

その当時 よくあった道の 脇の小さな どぶ溝に シェリ-が

落ちて いたときもあった どうして つながれて いるの

自由に 外に 遊びに行こうよ、今 連れて行って あげるから、

君が 大好きな お散歩に 行こうよ ボアの 気持ちが

手に取るように 感じられた。当時 中学生だった 私は、

学校に 通うため 地下鉄まで 15分位 歩いていた。

私の 出かける時間を 待っているかの ように ボアは

私を 先導しながら 地下鉄まで 見送って くれていた。

私は、先に行く ボアに 途中 わざと隠れて 少しすると

あわてて 探しに 戻るのを 楽しんでいたりした。

さすがに 青梅街道 近くまで くると もう危ないから

帰るように と きつく指示。その後 ボアは そのまま

私の家に行き、見送ってきたよ と 挨拶を するかのように

母から 煮干を もらって いたようだ。とても利口な犬だった。

家の引越し などがあり、しばらくして その後 ボアが

人を噛んで 保健所へ 送られて しまったと 悲しい話を

聞いた。私には 決して そのようなことをした 犬とは

思えないでいる。

 

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2016/11/24

慈恵 季刊誌

季刊誌 慈恵 より 読者TOさんよりの投稿の紹介をさせていただきます

八王子市 T . O  パンと牛乳を持って

私が初めて飼った 犬の名は ゴロ-。今から40年以上も 前の事。

私が小学校に上がった ばかりの頃、20キロ以上も 離れた所から、

父が自転車の 前籠に入れて 連れてきた。今でも 忘れない。

あの日の事を。玄関に緑色の 籠が置かれた時、ゴロ-は

丸くなって 入っていた。まだ 子犬のゴロ-が、私と兄は

それを見たとき、大丈夫?このまま籠から 出られないんじゃないの?

と 言って心配した。でも 次の瞬間、黒い 小さな 四つ目の 犬は、

さっと 籠から 飛び出し、私たち 兄弟のベットの下に もぐりこむと、

小便を し始めた。ゴロ-は よく吠えた。犬が通っても、人が通っても。

そして ちょっとした 物音でも。余りに 吠えるので、時には 強く

叱った。叩いたりもした。そして ある日、私は 父に頼んだ。

ゴロ-を 捨ててきてよ!! と。忙しい仕事の 合間を縫って

自分で散歩に 連れて行った父は、どんな思いで ゴロ-を

置いてきた事だろう。帰ってきた 父に 聞いたところ、

ゴロ-を放した後、大急ぎで 自転車を漕いできたと。

でも その後、その 当日だっただろうか?ふと、

気配で 玄関のドアを 開けると、雨の中、父を追って

帰って来た ゴロ-が、びっしょり濡れて ドアの向こう側に

立っていた。しかも、脚に けがをして。血が たくさん

流れていた。私は 大声で 母をよんだ。ゴロ-が、

帰ってきた!!脚に けがをしている!! と 言って。

すると 母は、赤チンを 持ってきて、ゴロ-の脚に

塗ってくれた。その日以来、私は もう 決して

ゴロ-を 捨ててきて などと 言わなくなった。でも

ゴロ-の 命は、3年ちょっとで 終わってしまった。

いまでも 忘れ無い、昭和45年の 12月6日の朝。

前の晩に、余りに 吠えるので 放したのだが、ゴロ-は

帰ってこなかった。私は 山の方に 捜しに行き、父は川の方へ。

やはり、いつも散歩に 連れて行っていた 父の 予感が

当たったのだろう。いや ゴロ-が、父を 呼んだのかも知れない。

自分は ここに居る と。探している 私を 父が呼びに来た。

ゴロ-、見つかった? そう聞く 私に、父は うつむきながら

うなずいた。家に帰ると、母と兄が 泣いていた。ゴロ-は?と

私が 尋ねると、ゴロ-は、お前の 身代わりに なったんだよ

と 母が言った。そして 車に 気をつけるんだよ と。

行ってみると、ゴロ-は 冷たくなって 動かなかった。

目は、ちゃんと開いていたけれど。皆で ゴロ-が いつも行く

川原の土手に 埋めてやった。スコップで 大きな穴を掘って。

今でも はっきりと 覚えている。茶色の毛布に 包んでやった。

大好きだった 散歩に ひとり出掛けて 行ったゴロ-。

でも それが、最後の散歩に なってしまった。父も泣いた。

私も泣いた。皆で 声を上げて泣いた。もっと大事に してやれば、

まだまだ 生きたかも 知れない。たった3歳ちょっとで 逝ったと

いう事は、十分な愛を 与えてやらなっかのだろう。それ故、神様が、

もっと可愛がってくれる 家に と、ゴロ-を連れて行ったのかも知れない。

ゴロ-が 死んだ後、私は毎日、学校帰りに パンと牛乳を 持って

ゴロ-の 所に 行ってやった。土手に咲いてる 花を摘んで。

半年、いや、一年くらい通った だろうか?いつの間にか

行かなくなってしまい、やがて 私たちは 引っ越した。でも、

何の因果か?今、私たちが 住んでいる所は、ゴロ-を 埋めてやった

川の上流。もし、船でもあって 漕いで行けば ゴロ-の所に たどり着く。

船では ないが、今は また、祥月命日には 自転車でゴロ-の所に

行ってやっている。40年近く経ったものの、当時と余り変わらない、

ゴロ-の所へ。勿論、パンと牛乳を持って。また、私の部屋には、

昨年の 命日に 慈恵院で 作って貰った 位牌もある。

 

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日本最大級のペット専門寺院として東京で歴史ある慈恵院では、新着情報コーナーにて最新のサービスのご案内や、月例法要、お彼岸、お盆などの行事のご案内、僧侶による法話のご案内などを致しております。
ペット葬儀についてお考えの方や、ペットロスでお苦しみの方、他で火葬されたご遺骨の納骨場所やご供養についてお悩みの方もぜひご覧ください。当院では専任の僧侶が常駐しており、ペットロスを癒す法話やご相談もお受けしております。
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