日本最大級ペット専門寺院 お迎えから、ペット葬儀(火葬)、供養、納骨、埋葬まで一貫施行

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日本最大級ペット専門寺院 お迎えから、ペット葬儀(火葬)、供養、納骨、埋葬まで一貫施行

慈恵院のご案内

府中本院〒183-0001 東京都府中市浅間町 2-15-1

1921 年 慈恵院の付属として開園 1962 年 多摩観音開眼 1972 年 境内に大悲殿(人とペットの納骨堂)が完成 1990 年 都内足立区に足立別院を開設 2001 年 奉仕活動として、学校飼育動物の供養を開始 境内:約 4,000坪 大駐車場(約 100 台可) 待合及び休憩所(5 ヵ所) 専用墓地 約 1000 基、専用ロッカー 約 2600 基 納骨堂 60 室(1 室 550 個)、合同供養塔 火葬場(13 基) 身障者トイレ完備

竹生苑(ちくぶえん)緑濃い敷地内に埋葬することでご遺骨をご供養いたします。 大悲殿 かけがえのないペットと来世を共にしたい、と願われる施主様にお応えする人とペットの納骨堂です。 光華殿 千手観音を正面に安置した読経所です。参詣者100人分の席がご用意できます。 中央納骨堂 個別火葬を行った場合、ご遺骨を安置する納骨堂。保管は2年間ですが、ご希望により継続できます。 大覚殿 ご家族立会いでの火葬は、午前9時30分より午後2時まで随時お答えします。 六地蔵 本堂ならびに多摩観音 正門を入ってすぐ、鯉が泳ぐ池のほとりには多摩観音が立ち、境内を見渡す高台には鐘楼が建っています。 動物供養塔 合同火葬を行った場合、ご遺骨の一部を他家のペットと友に動物供養塔にお祀りします。

足立別院〒121-0055 東京都足立区加平 1-14-3(首都高速加平インターより 2 分、環七道沿い)

足立別院は、加平インターに近く、
まず、お電話をください。無料でご遺体を引き取りにお伺い致します。

<お迎え 区域>
足立区・葛飾区・墨田区・荒川区・台東区・江戸川区・江東区・文京区・中央区・千代田区
など 23 区全域 千葉県(松戸市・市川市など一部) 埼玉県(八潮市・三郷市・川口市など一部)
↓立会葬・個別葬・合同葬、各承ります (ご火葬は、本山府中にて丁重に行います)
ご火葬後は、完全室内の納骨堂に 2 年間無料(3 回忌迄)でご安置も出来ます 僧侶も常駐していますので、初七日、四十九日などのご供養も随時承っています。

機関誌「慈恵」・・・・檀家様に定期的に配付しております

『慈恵」では皆様のご投稿をお待ちしております。読者コーナーは亡くなったペット達への思い出と愛情に包まれています。ぜひ皆様もご覧いただきたいと思います。

慈恵平成28年夏季号

慈恵平成28年夏季号

読者コーナー

府中市 一参禅者さま(83)

昭和四十八年、私は府中市に引っ越して参りました。
本当に住みやすい緑の街ですが、まさか犬猫の霊場まであるとは驚きでした。
現在までに昭和五十九年から三匹の愛犬と一匹のペコというシャム猫の霊を祀って頂きました。
鈴姫・雪姫夫々十二年の天寿を全うした柴犬親子、牝のシャム猫ペコは丁度私か単身赴任で五年間留守をしていた間、家内の話し相手と言う大役を果たして呉れました。 柴犬達とも仲良しでした。玄関にお迎えをする利口な潔癖症で、最後まで砂のトイレに行こうとしたいじらしい姿は悲しい想い出です。
 そして十六才で昨年夏に逝ったシーズ犬のミミチャン。思えば今府中の新しい家で、二人の子供の情操教育にと、柴犬を飼い始めた訳でしたが、今はその子らも大学に通う孫達の親になって、最後のミミチャンこそ老夫婦二人の毎日の支えになって呉れていたのです。
 そのミミチャンとの想い出の区切りを付けようと大晦日、除夜の鐘を撞き修正会を終えた帰途ふと境内の坐禅会の案内が目に止まりました。
そして新年に入り二月から朝六時半からの坐禅会に入会させて頂きました。
爾来、まる二年がたち三年目に入りましたが、実はいま夫婦に新しい猫ちゃんが毎日を楽しく且つ手間と心配を掛けさせています。
福ちゃんと言う茶トラの牝です。
矢張り夫婦二人の毎日はマンネリになって、耳が遠くなったこともあり、不協和音も多くなりもう一度、散歩は避けて猫を飼いたいと思ったのですが、この福ちゃんを手に入れる迄には、老人家庭敬遠と言う難関など一苦労と、最後には坐禅会の先輩のご紹介で、しかもミミチャンの三回忌に当たる、去年の七月にわが家の家族に決まった、不思議なご縁がありました。
 つまり慈恵院の仏縁が結集して、福ちゃんには諸先輩の霊魂が宿り、老夫婦の生き甲斐を彩って呉れている様にも思えるのです。
 一方、坐禅は見よう見まねで警策も心地よく経行もしびれずに立ち上がれるように、調身、調息はまだしも調心だけは程遠く、やむを得ず過去のテーマを決めて例えば通勤通学路等や、心を横切った人達との懺悔、笑いなどを走馬灯のように駆け巡らせるうちに、最近はテーマが段々絞られて来て、唱えるお経も少しづつ勉強して、作務の傍らに愛犬愛猫にお線香を上げて、福ちゃんとの近況を報告するなど時が過ぎていきます。
 実は今年八十三の誕生日を機会に、運転免許の返上、丁度十六年乗った車の車検切れに合わせて六月以降、慈恵院への足がなくなります。
二月の涅槃会で須弥壇に飾られた涅槃図には、お釈迦様を慕う人間だけでなく、もろもろの動物たちが哀しみのため集まっている様子が描かれていました。
参禅出来なくなるに当たって愛犬・愛猫のご縁から慈恵院で坐禅と、白隠禅師坐禅和讃等の読経が出来た感謝感激です。


松浦 江実子さま(64)

あかりの消えない一つの部屋、家族が床につくと同時にあかりを灯す。
十五年間一日も絶えたことはない!不思議な、無気味な?。
 それは白い猫、早苗ちゃんの為なんだ。
耳の不自由な彼女はとても臆病で、とってもが家に来たのだが夜になると大声でギャーギャーと怒鳴ってるかのように鳴く。
変?自分の耳には届く届くはずのない声でありったけの力の限りに鳴く!!ハタと気づき明りの、ついた一つの部屋に箱を置いて寝床にしてあげたら、その眼は、まんじりともしないで可哀想、生れて三ヶ月頃に我家族で知恵を絞り、早苗ちやんが一番に安堵する方法として一つの部屋の明りを夜の間ずっとつけておくことにした。
 語ればいろいろの猫との生活だが、十五年間ずっとこの猫の為に我が家のあかりは一つの部屋が幸せ色のあかりを灯し続けているのである。


小平市 平野 佳美さま(78)

彼岸過ぎに猫の墓参りをした。府中の動物霊園にある。
彼岸会の間は霊園が混雑して高齢者は、とても歩けない。法要まで一時間ある。
人と動物との納骨堂『大悲殿』に行った。ここに、私と猫の墓がある。仏壇の六匹の猫の写真に線香を上げた。
仏壇に隣接しているロッカーの上段は私の遺骨を納める場所だ。下段には猫の骨壷六個が納めてある。
 現在七匹目の猫ナナと暮らしている。ナナは十二歳。人間ならば六十歳に相当する。
ナナを残しては逝けない。どうしよう。ナナの葬儀を済ませ、この墓の前で、心臓麻庫でばったり死ぬことが望みだ。
 わたしの墓の真向かいに本橋マリアさんの墓がある。ロシア貴族の出身で、ロシア革命の亡命者だそうだ。
外交官・本橋さんと結婚したのだが、なぜか、三匹の猫と一緒にこの墓に葬られている。
二十年前、朝日新聞のマリアさんの記事を読んで、私は大悲殿のことを知った。新宿の有料老人ホームから、マリアさんは三匹の猫の墓参りに度々来ていたが、亡くなってからは誰も一度も供養に来ないそうだ。
 私がこの墓を購入した二十年前はガラガラだったのだが、現在は満杯で、第二の大悲殿を増築した。
 待合室に母親と五十代らしい息子がいた。供養は犬か猫かと聞いてみた。
 「犬の二十三回忌です」の答えに驚いた。動物の死は親族の死より悲しいと、彼は呟いた。
私は大悲殿の六匹の猫のことを話した。ナナと私の現在の心配ごとと、私の死の望みも話した。彼は即座に答えた。
 「それはダメだ。供養をする人がいなくなる」
 私は猫の供養のために長生きをしなければならない。法要の経を聞きながら猫たちのそれぞれの臨終を思い出した。
 契約では本人没後は永代供養になっている。

慈恵平成28年春季号

慈恵平成28年春季号

読者コーナー

大好きなチェルシーありがとう
草加市 根本果林さま

愛犬チェルシーが我が家に来たのは丁度十四年前、まだ私か小学校五年生だった頃。 母、姉とペットショップで一目惚れし、我が家の家族となりました。 家中をぴょんぴょん飛び回り、まるで「狭いペットショップのゲージは窮屈だったよ」と言わんばかりの元気の良い雌大のシェルティー。 ボール投げとフリスビーが大好きで、夏は扇風機、冬はストーブの前を陣取る姿は人間顔負けでした。 とにかく食い意地が張っていて、私達がご飯を食べていると、つんつんと鼻で足を突き、いつもちょうだいとおねだりをするおでぶちゃん。 散歩に行っては他の犬とすれ違うのが怖くてびくびくしているのに、いざ通りすぎると後ろに振り返ってワンワン吠える臆病なチェルシー。 今思うとそんな当たり前の日常が私達家族には、かけがえのない日々でした。
 チェルの様子がおかしいなと思い始めたのは今年の春辺りから。後ろ足が思ったように動かないのか、あまり散歩にも行きたがらず、外に出す時は抱えて出すようになり、「これも年のせいだね、太っているから体を支えられないのかな」と心配はしていたものの、病気だなんて考えは少しもありませんでした。 七月に入って時々、クンクンと鳴くようになり、おしつこがしたいのか、それとも足が思うように動かなくてもどかしいのか…早く良くなってまた元気にお散歩に行けるようにと願う毎日でした。
 チェルシーの容態が急変したのは七月八日。仕事終わりに携帯を見ると母から、「チェル危篤だよ」と。まさかそんなはずはと思いつつも、いずれこうなる時が来ることを覚悟していた自分もいたと思います。
病院帰りの母とチェルを待ち、車を開けるとぐったり横たわったチェルシーの姿が。 検査をしてもらった結果、腎臓、膀胱、肝臓が悪いと分かりました。 あのクンクン鳴いていたのはおしつこがしたいからではなく、痛かったんだと後から分かり、今思えば後悔するばかりです。 翌日は昨日の注射が効いたのか、昼間はよく寝ていましたが、夜中にまたクンクンと二時間置きに鳴き、その度に父と母が看病をしてくれました。
 そして十日、私か早めに帰宅しチェルの看病をしていましたが、息がしずらいのか、ぜぇぜぇした感じで、胆液、胃液を吐きながらとても苦しそうな姿を見ているのが本当に本当に辛かったです。 でも一番辛かったのはチェルシーだね。その日、かかりつけの病院はお休みでしたが、鼻血も出ていた為いてもたってもいられず、すぐに電話をし病院へ連れていきました。
注射はしてもらったものの、先生からは、この前に来た時より更に状態が悪化しているねと言われました。先生の表情とチェルシーの今の状態を見て、もうきっと長くないのだろう…と頭のどこかでは分かっていたのかもしれません。病院で点滴をすることもできましたが、良くなる保証はないし、このまま病院で…なんて事になったら絶対後悔するだろうと思い、一旦自宅へ連れて帰る事にしました。
 家に帰っても容態は良くなるどころか、どんどん息苦しそうになるばかりで、十一日の○時三十分頃、チェルシーは天国へと旅立っていきました。 息を引き取る最後、歯をくいしばり、もがき苦しむ姿が今でも頭から離れません。 本当によく頑張ったね。家族全員で最後を看取れて、チェルシーも安心して旅立つ事ができたのかな?チェルシーと過ごした十四年間は長いようで、でも今思い返せば本当にあっという間の日々でした。チェルシーは私か辛い時、悲しい時、嬉しい時、楽しい時、いつも側にいてくれた妹のような存在です。チェルシー、根本家に沢山の笑顔と幸せを本当にありがとう。チェルシーと過ごした十四年間は私にとってかけがえのない宝物です。チェルシーがいない毎日は寂しいけれど、私達家族がいつまでも悲しんでいたら天国にいるチェルシーも心配してしまうと思います。 チェルシーの分まで幸せに、そして強く生きていきたいです。


ガビと二人三脚
三鷹市 藤田隆子さま

暑さにうだってストレッチから戻ると、まるで待つていたように、長い尻尾をピンと立ててダイニングに入る。常時エアコンを二十八度に保って、彼女が一人でも涼しいようにしてたのに、鍵の音でトコトコ迎えに出るガビ。その彼女もすでに十二年の、立派なレディに生成した。
 生まれたその日に捨てられて、兄妹達は次々に旅立って行ったのに、弱そうに見えた彼女の目が明き、一歩又一歩とあるき始めてから、今日迄元気に暮らして、私の相棒で暮らしている。今夜もこの椅子の下でじっとしている。
 ミモザおばさんが旅立った時、歩き始めて半年。婆チャン達が泣いたのも知らなかった。
小太郎爺チャンが死んだ時は、ちょうど九才の時、「ジケイイン」のお兄さんの大きなかごで運ばれて行った時は、婆ちゃんの椅子にうずくまって見送った。 ガビが一人になった時だった。そのガビも動く物体でしかなかったのに、今では立派な器量よしの大人となった。避妊手術をしているので、淋しさもなく、毎日黙々と生きている。
 朝、昼、晩とも婆ちゃんと同じ時間にごはんを食べる。
 ベランダの戸を開けると、網戸に鼻をつけて。風のにおいをいっはいかいでいる。
 婆ちゃんの椅子の下から出たり、入ったりして、婆ちゃんにだっこする。爪を切られるのが嫌いなので、時々いじわるをする。
 婆ちゃんが病院に行ってる間は、ちょっと淋しいが、残ったごはんを食べたり、その日のウンチも済ませる。そしてせいせいして婆ちゃんを待つ。
 鍵の音で玄関に急ぐ。
 「ガビちゃん、バアちゃんよー」良かった、もう淋しくない。
 私とガビの二人三脚の生活は続くことでしょう。婆ちゃん、当年七十七才。がんばろう。


ナナちゃんへ
西 敏子さま

ナナちゃんが天国に旅立っしまった日のことを思うと今でも悲しくて辛くてたえられなくなります。
 泣いて泣いて泣いてやっと九年がたちました。
 ずっといっしよに居たかったです。四十年も五十年も六十年も。でも命の時間は短いですね。かわいいかわいい大切な命。とっても美人さんで皆から「かわいいね。かわいいね」とほめられました。自慢の娘でした。
 ナナちゃんに出会えて家族になってママは本当に本当に幸せでした。
 天国で皆といっしよで幸せですか。淋しくないですか。ママはずっとずっとあなたを思っています。世界一大切なママの宝物です。
 一生分ありがとう。
 又どこかでママの子供に生まれてきて下さいね。
 ずっと愛しています。

一人暮らしとペット

アイリス犬猫病院 院長 齋藤 都

私は今年、自身の飼い猫を亡くしました。十九才でした。六十才も半ばを過ぎた一人暮らしの私は、寂しいですがもう猫は飼えないと諦めています。近年一人暮らしのシルバー世代が増え、飼い主さんの方が先に亡くなる例も多く見られるようになりました。その時の心積もりはしておいででしょうか。いくつかの例を上げてみます。癌で余命宣告を受けた方が飼い猫五匹を安楽死すると言いました。それも責任の取り方ですが、幸いに長年捨て猫の保護に携わって来た方でしたので、猫仲間の方々が五匹の貰い手を見つけ、安楽死を思いとどまらせました。十五匹の猫を残して急死した方の場合は、相続人の方が猫達を皆保健所に連れて行ってしまいました。また癌で亡くなった方の老犬は遺言通り持ち家に、近所の飼い主の友人の方の世話を受け、二年後に亡くなるまでその家で暮らしました。
 今七十五才の方から猫を飼いたいので世話して欲しいと依頼を受けています。通常猫の譲渡会では六十才以上の一人暮らしの方に猫は渡しません。どちらの側の気持ちもわかります。
その方の場合は一緒に来た別世帯の娘さんが万一の時は自分が猫を引き取ると明言されたので、事情のある猫さんが来たら紹介してみようかと思っています。 大切なペットの為に早くから何らかの心積もりは必要ではないでしょうか。

 

東京で信頼ある日本最大級のペット葬儀の実績ある慈恵院へ安心してお任せください

慈恵院は東京の府中市に本院をもち、足立区にも別院を置き、都内をはじめ、千葉県や埼玉県の方の大切なペットの最期の時を安心してお弔いいただける環境を整えております。お迎えから、葬儀、供養、納骨までお任せいただくことも可能です。
慈恵院は1921年、大正10年に開院して以来、日本ではまだペット葬儀が一般的ではなかった古い時代からペットのご供養を行っております。その数は延べ100万件以上と日本最大級の実績があり、学校の飼育動物のご供養など地域の皆様からも信頼を頂戴しております。
東京で信頼ある慈恵院では費用を抑えた合同葬のほか、骨壺にお骨をお納めする個別葬もでき、納骨堂は府中本院か足立別院をお選びいただけます。人間と同等のセレモニースタイルをご希望の方には、府中本院にて立会葬も承りますのでどうぞご相談くださいませ。

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