日本最大級ペット専門寺院 お迎えから、ペット葬儀(火葬)、供養、納骨、埋葬まで一貫施行

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2016/11/08

慈恵 季刊誌

季刊誌 慈恵より 読者 K S さんよりの

投稿の紹介をさせていただきます。

 

猫に引かれて八幡神社

 

調布市 K S

 

今から10年以上も前の話ですが、伏見稲荷に御参りに行ったとき

あったことを 投稿させていただきます。

当時小生も まだ 健脚だったので、初午も終わり稲荷詣でも

行こうかと東伏見駅から ぶらりと 歩きはじめました。

平日の昼下がりなので 通行する人も少なく のんびりと

商店街をぬけて 参道に向かいました。ようやっと鳥居が

見えるあたりに差し掛かると、首輪もしていない やや

大柄な白い猫が左手に箱座りをしています。なんとなく

目が合ったところ、すっと立ち上がり こちらへ歩いてきます。

小生も膝をまげて蹲踞の姿勢をとりますと その膝の上にのり、

顔を覗き込むようにして こちらをじい-っと見つめまして、

やおら 膝から降りると先達をするかのごとく少し先を歩いては

振り返り、又 少し先を歩いては振り返り、間違いなく

ついてくるのを確認している様子で ゆったりと進んでいきました。

ちょっと面白いかと 思い始めていた小生は、牛に引かれて

善光寺ならぬ、猫に引かれて伏見稲荷かと、ほくそえみながら

後をついてゆきました。さらに案内をするように鳥居をくぐり、

社殿の前で立ち止まり 待っています。小生が御参りを済ませると

又 少し先へ 歩きはじめます。奥の八幡神社へ むかうようです。

坂をあがり 見晴らしの良い陽だまり に 着きました。

そこで仰向けに寝て 左右に ごろごろと 転がるようにすると

満足した様子で 座っています。こちらへ御参りに誘ったかと思い、

手を合わせて 振り返ると どこへともなく 消えてしまいました。

白い猫なので 結構目立ちますが、どうしても見当たりません。

何かの縁だったのかと思い、坂を下ると 先ほど猫が消えたあたりが

崖になっていて、その急斜面に先ほどの白い猫が こちらを

見ていました。一督すると 崖を上がって行き 見えなくなりました。

昔から白い生き物は、ご神獣として、又は、神の使いとして信仰の

対象にもなっていました。傍目からみれば ちよっと変わった猫との

遭遇ですが、小生は不思議な体験として 今も鮮烈に 記憶しています。

その年は何事もなく 平穏に過ごした 良い年でした。

 

 

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慈恵院
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2016/11/07

慈恵 季刊誌

 

季刊誌 慈恵より 読者 藤井隆子さんよりの

投稿の紹介をさせていただきます

 

コンビネ-ション

三鷹市 藤井 隆子

 

我家のデコボココンビの二匹の猫、大猫の小太郎 生後2年のガビ姫は

親子でもないのに、色も柄も同じように似ている。二匹から比かくは

出来ない程、吾吾は いとおしんでいる。違いは大小の違いのみ。

二匹とも迷い込んだり、拾われたりした出生不明も同じだ。

小太郎は じいさんと呼ばれてもいい年。13歳である。ガビ姫は

生後2年の青春猫だ。小太郎とは孫のように年がはなれている。

ドアホンが鳴ると、小太郎は腰を低くしてかくれる所を、あわてて探す。

ガビ姫はすごい早さで入口に走って行く。面白いのはそんなガビ姫に

習って、一緒に入口に小太郎もかけて行く。同じ柄の大小の猫が

必死にかけて行く様は、まさにユ-モラスそのもの。

二人が けんかして、小太郎が ウフッ と 声を出すと

ガビ姫 ドタドタ 巨体で逃げる小太郎を追い越して、

先を走っている。キャットフードしか食べないガビ姫が、

雑食する小太郎にまじって、初めて裂きイカを食べた。

まるで親子のように顔見合わせ、冬の日のスト-ブの前

でのことだった。同じもようの服を着て、顔も似ている

大小のコンビ猫。二匹とも様々に、大先輩猫のミモザの

写真に顔をよせている時もある。尊い我が家のコンビネ-ション

は、今日も健在なり。

 

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2016/11/05

慈恵 季刊誌

季刊誌 慈恵より 読者 蛭田美千代さんよりの

投稿の紹介をさせていただきます

 

ロ-ラと過ごした日々

小平市 蛭田美千代(66)

 

あの日からもう三か月が過ぎました。6月29日午後、17年7ヶ月の

生涯を閉じたロ-ラとは ずうっと一緒に寄り添って きましたが

まだ別れは先にと願い祈っていました。家族の一員として いつも

団欒の中心にいてワンワンとほえることが ほとんど無く うんうん

といって甘えてきた。最後の時は関節の痛みでワンワンと鳴き通し、

だんだん弱弱しくなっていく その声が いつまでも耳に残っている。

ロ-ラと過ごした日々、自然公園への散歩の時の写真や家で子供たちと

戯れているアルバムを見ていると 傍らに気配を感ずることがある。

ロッキ-とラッキ-というきょうだいで生まれ、ロッキ-は病死し

二匹の頭文字をとりロ-ラと名づけられ 生後4ヶ月で 我が家に来た。

若いころは かなりやんちゃで ベランダ伝いに屋根に上がってしまい

下で近所の子供たちが わいわい騒いでいた ことなど 今では懐かしい

思い出になっている。思春期だったころ 長女が背中に寄せて じっと

一緒にいてくれたこと、そのロ-ラのぬくもりが体に広がっていき

心が やわらかくなり 落ち着いてきたのだと、いつもそうして

助けられて いたのだと 初めて涙ながらに 話してくれた。

仕事を持つ 母親に代わり 子供たちを見守っていてくれたのだと

思う。子供たちと共に 成長し、そして老い まさに家族と共に

あった。私も仕事を離れて6年、この間 老齢のロ-ラに

寄り添い 静かに ゆったりと過ごす事が出来たのは 本当に

よかったと思っている。そこには何の欲も無く あるがまま

マイペ-スで生きる姿に 心地よささえ感じていたのです。

晩年は近所の幼子たちの 遊びの相手をしたり、近所の ねこたち

から額と額を つけて 挨拶をしてもらったりと なんとも不思議な

光景でした。最後の1月は寝たきり状態になり、体を起こし歩くことが

出来ないことを 悟ったときの あの悲しげな表情には 胸がいっぱいに

なった。いつも傍らにいてほしいとの訴えに 精一杯答えようと思い、

日夜看護をしながら 必ず訪れるであろう死を どう受け止めるのか、

正直 その間際まで 覚悟は出来なかった。ただ人為的な延命だけは

したくない と考え ロ-ラの慣れ親しんだ 環境で見守ろうと

思っていた。動物との共生の中で あまりにも擬人化していると

思われそうだが、慈しむ心 は大切に抱いて生きたい と思う。

ロ-ラも 今は痛みから解放され 自由に原っぱを 駆け廻っている

のだと想像し、思いをはせている。ありがとうの ことばと共に。

そして この喪失感を乗り越え、楽しかったことや 失敗した ことも

大切な思い出として 私たち家族も 新たな一歩を 踏み出そうと

話し合っている。

 

 

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2016/11/04

慈恵 季刊誌

季刊誌 慈恵 より 読者 竹下寿英さんよりの

投稿の紹介をさせていただきます

 

坐禅会 坐禅会に学んで

日野市 竹下 寿英

 

もうかなりの間、坐禅会に出席させていただいていますが、

そこで学んだことごとが、常日ごろの生活の支えとなって

いますことに感謝しております。初めて この会に出させて

いただいた折、先の住職、明春師からは、坐る時には 無心に

なりなさい と 教えられ、いまだそれができていないまま、

目標として努めています。また、坐るときの、調身、調息、調心

という心得は、日常の仕事を始める折にも心がける課題となります。

つまり、坐禅の心は、日々のすごし方への緊張感と心構えを

作り出す大切な方策になっているように思います。

最近は、坐禅会で、朝の読経に参加させていただいていますが、

そこで唱えられる 菩提願行文 にも、常に新しく教えられる

気持ちがいたします。その中の 古へ先徳は鳥類畜類に至るまで

合掌礼拝の心を持って愛護し給へり と いう言葉には、日々

大学の授業で話している、すべての生物と環境の間で、また

自然と社会との間で、また自然と、社会との間に複雑な相互依存

関係が存在して、その安定的な関係が地球システムを作っていると

いうことを そのまま述べていることに 気づかされます。ただ、

これらの相互依存の仕組みが十分に理解、把握されていないために、

私たちの環境問題への対応は、なかなか進んでいかないことにも

結びついて来ます。つまり、合掌礼拝という心は、自然に対する

スチュワ-ドシップ と いうことになっているように思います。

この坐禅会で見聞きすることから、仏教の教えや その背景が

どのように作られているのか、ということへの関心をも深められて

いきます。インドの伝統的な自然信仰やヒンドウ-の世界の中で、

どのように仏教が生まれてきたのか、その複雑な教義が どうして

大乗の世界観を形成してきているかなど、疑問は広がりこそすれ、

止まるところはありません。ただ訳もなく聞いている、多くの

お経の中に、理解はしてないものの、限りない思想や哲学が

組み込まれていることには 驚かざるを得ません。そして

何千年も受け継がれていることに、深い感銘を受けるとともに、

少しづつでも、分かるところが出来てくれば、とも思っています。

やはり、先の住職、明春師が何度も説かれていた 自灯明 法灯明

と いうことは、十分に分かっていないことのひとつですが、

自然や社会のあり方を正しく受け入れ、自らを よりどころとして

生きなさい と いうメッセージだとして、日々をすごしたいと

念じています。

 

 

 

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2016/11/03

慈恵 季刊誌

季刊誌 慈恵より 読者 服部壽子さんよりの

投稿を紹介させていただきます

 

10.000.000分の 1 にかける想い

杉並区 服部 壽子

 

愛猫アリシアを亡くしてから もうすぐ2年になる。毎朝寝ている

私の額を とんとん とたたき起こしてくれたこと、起きると

すぐ私の肩に両手をかけ全身委ねてゴロゴロといいながら抱っこを

したこと、出かけた私の帰りを玄関のすぐそばで待っていて

くれたこと、寝るときは、私のひざの下に入ってお腹を上にして

寝てたこと・・・アリシアとの事が毎日、まいにち、まだ昨日の

事のように思い出される。早く慈恵院の仏様の元に納めましょう

という家族に、2年間だけ手元においておきたいと説得して

小さな骨壺を祭壇の前に置いてある。その納める約束の日が

近づいてきている。そんなある日、ふっと、今日は、一緒に

寝ましょうね、と骨壺を枕元において寝た次の日の事。

朝、骨壺を祭壇に戻し、仕事にでかける。

私の仕事は、取材、資料作りなど時間の拘束がなく 自由な

反面、常に携帯はチェックしなくてはならない。そのつど

まめに発着信のチェック 消去もしないとならない。

その日も ふと携帯を見ると、oo動物病院・・・とある。

あれっ?そこは アリシアが最後に息を引き取ったところ・・・

勿論 用があって掛けてわけではない。誤発信だ。消去する。

その日も 電話をうけてり また 掛けたりしながら 仕事を

終え、ふとまた 携帯を覗く。・・・oo動物病院・・・

アリシア、アリシアなのね! 私の携帯の登録の中で アリシアと

結びつく登録番号は ここだけ。登録件数178件。

携帯がバックに入っていて 誤発信になるのも 一ヶ月に一回

あるかないか。それも同じ所に二回も 同日に 誤発信になるなんて

178×178×・・・・ 約10.000.000分の 1 にかける

アリシアからの 想い。

ママ、気がづいてくれた? 昨日は 一緒に寝たね。・・・

アリシアは いつもママと一緒にいるよ。・・・

ママのそばに いるからね。・・・

有難う、アリシア。可愛かった。

本当に たくさんの思い出を ありがとう。

涙がとまりませんでした。 本当の話です。

 

 

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2016/11/02

慈恵 季刊誌

慈恵 季刊誌より 読者 F k さんの投稿の紹介を

させていただきます

 

去年の夏マリ-は逝った

小平市 F K

 

18年3ヶ月の間、共に暮らした愛犬のマリ-が、

この世を去って、早や1年。7月24日に一周忌を

迎え、慈恵院のご住職様に法要をしていただきました。

この1年、1日とてマリ-を忘れたことはなく、涙が

ふいに出てきて、胸が痛くなることもありましたが、

ご住職様の 命あるものは いつかは その命を

閉じることは 宿命であるが、残されたものが

その生命体の生前の姿を覚えている間は その人の

心の中で生き続けている と いうお話に

心にポッカリ空いた穴がス-ッと埋められた

ような気がしました。

生後40日位で我が家に来たときは、マリ-は

片手に乗るくらいの大きさでしたが、数週間のうちに、

かつての牧羊犬の本能を発揮し始め、家の中を縦横無尽に

走り回り、まるで動くぬいぐるみのようでした。

散歩の時は、近くの大学のグランドをサッカ-選手の

ように駆け巡っていました。性格は非常に素直で

人間の心の動きを察するのに長けており、朝などは、

目覚まし時計の役割までしてくれました。

留守番をさせたときに、トイレの失敗をしたり、

テイシュぺ-パ-を部屋中に散らかしたりしたときには

いつも元気はなく、部屋の隅でしょんぼりとうなだれていたのを

思い出します。マリ-ちゃん、寂しかったのね。

留守番させて ごめんね。と言うと許してもらえたという

喜びを全身で表現するかのように、尾をちぎれるように

ふりながら、飛びついてきたのもしばしばでした。

そんなに元気だったマリ-も10歳を迎える頃から

老化が進み、しだいに階段を上がれなくなり、

目や耳や鼻も衰え始め、帰宅したときに玄関に

転げるように出てきて迎えてくれることもなくなり、

老いるという現実を私たちに教えてくれました。

内臓の機能も衰え、何回も発作を起こして意識を失い

もうだめかもしれないと思い始めたのは、

亡くなる2年ほど前からでしたが、お医者さんの適切な

治療により、その都度 奇跡的に元気を取り戻しました。

亡くなる5日くらい前から 何も口にしなくなり、

梅雨の晴れ間の太陽がまぶしいほどに輝いていた朝、

私たちの見守るなか、ろうそくの火が消えるように、

静かに息を引き取りました。

年齢からすれば、年には不足はなく、マリ-の死を

知らせて お医者さんに、あの心臓で よくがんばりましたね

と言われたほどの大往生だったと思います。でも、

まだ生きていて欲しかった。そして欲深な私たち人間に、

えさと お水と 散歩しか 要求しなかった生き方で、

足るを知る ということを 身をもって教え続けて欲しかった。

子供のいない私たちにとっては、マリ-は、犬ではなく

娘だったと思います。そして、その一生を通して生きると

いうこと、老いるということ、死を迎えるということを

教えてくれました。どんな言葉をもってしてもマリ-への

感謝の気持ちは言い表せません。私たちが生きている限り、

マリ-は 私たちの心の中で生き続けています。

マリ-よ、我が家に来てくれて 本当にありがとう。

安らかに ねむれ!

合掌

 

 

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ペット葬儀や納骨、法要まで信頼と実績ある東京の慈恵院より最新のお知らせです

日本最大級のペット専門寺院として東京で歴史ある慈恵院では、新着情報コーナーにて最新のサービスのご案内や、月例法要、お彼岸、お盆などの行事のご案内、僧侶による法話のご案内などを致しております。
ペット葬儀についてお考えの方や、ペットロスでお苦しみの方、他で火葬されたご遺骨の納骨場所やご供養についてお悩みの方もぜひご覧ください。当院では専任の僧侶が常駐しており、ペットロスを癒す法話やご相談もお受けしております。
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